アセルカデ

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​カフェ・トーク

​【リミイ】 こんにちは。この度この座談会の司会をさせていただきます、広報・案内を担当しています。羊のリミイです。よろしくお願いいたします。

【オーナー】 かんたカフェ、シロクマのオーナーです。今かかっているのは、ビル・エヴァンスの初期のアルバムです。リクエストのレコードがあれば言ってくださいね。

【リミイ】 では、本日集まってくださった方々で、せっかくなので、珈琲を頂きながら、インタラクティブな会となることを願って始めさせていただきます。まず、監督をされているしんさんへ。どうぞ、ようこそお越し下さいました。さて、新さん、あなたは、長い間、現代美術の抽象画家として、わりとローカルな活動をされてきた経歴をお持ちでありながら、一旦すべてをリセットして、Instagramを通じてどうも絵本の一コマを投稿してこられた。初めは試行錯誤があったご様子ですが、次第に定着してこられて、今では投稿数も100を上回ることになってきました。そしてようやく、本としての出版を考えておられると伺いました。

【しん】 そうですね。まず、簡単な経歴から手短にお話したいと思います。私は大学で現代美術らしきものを学んできたのですが、ある時、もう、専門的な人だけに見て貰い、特権的な専門性にしがみついている自分にうんざりしたんですね。そうして何もせずふらふらしている時に、パンデミックがやってきて、ちょうどいいやと思い、すべて断捨離しようと手持ちの作品も繋がりもすべて棄てたんです。でも不思議なことに、自然と、何かを描きたいという気持ちが出てきたんです。画材もすべて棄ててしまっていたので、文具屋へ行き、色鉛筆で落書きのようなものを描いて過ごしました。それをロックダウンの中で、遊びのつもりでSNSに投稿したら、見ず知らずの医療ケアを受けらっしゃるお子様の保護者の方から「いいね」ボタンを頂きました。私はなんて表現したらいいんでしょう。嬉しくてしかたがなかった。初めての経験です。これがかんたの創作をこれからも続けていきたい理由です。

【リミイ】 あなたのお話を伺っていると、偶然と必然について考えさせられます。この次元の異なる二つを分けることはできませんが、出会いというものは恣意的であるとともに必然的なものなんですよね。ただ、あなたは、その後のご経験の中でどこか恣意的なものとして感じてこられた。それが、リセットし、何気に遊びでやってみた表現の中での出会いを通じて必然的なものとなったということですね。

​【しん】そんな、美しくまとめていただいて・・・(笑)。私の人生なんか、恥ずかしいばかりです。嬉しい出会いからは、すべて私の仲間のおかげです。一応、チームの名前として、「KANTAプロジェクト」と名付けています。

【リミイ】 それでは、KANTAプロジェクトのメンバーのみなさんにも、大いに語っていただけたらと思います。

​【リオ】ゴホン、みんないいの?では、僕から・・・(笑)。僕は、くまのリオです。かんた絵を描いています。難しいことはよくわかんないけど、小さなこころから絵を描くことが大好きで・・・、そんな時にリミイさんに出会って、褒めて貰って・・・、いつの間にか仲間に入れてもらったんです。でも、みんな、とても僕のこと大事にしれくれるので、のびのびと、描いています。

【ノエル】私の名前はノエルと言います。私は今小学校に通っています。少し耳が長いですが、シロクマです。執筆を担当しています。時々読みづらいところもあるかと思いますが、よろしくお願いします。

【リミイ】ご紹介ありがとうございます。私は司会役ではありますが、私もプロジェクトチームの仲間の一員なので、どうぞよろしくお願いします(笑)

【しん】本当に素晴らしいメンバーです。私は何もしていないので「監督」と呼ばれても自分のことなのか分からないので返事が遅くなってしまったりします。

【リオ】この前、監督に、「監督、今日完成したイラストなんですが・・・」と見せに言ったら、そのままスルー(笑)。その後、突然思い出したように、「あ、イラストね」って。・・・少し時間差があるんですね。

【リミイ】監督は、私たちが分からないような構想や着想の中で考えられている。私たちのリアルな世界にずっと居座っていられない忙しさがあるんですよね。それを私たちは理解しないといけません(笑)。

【ノエル】現実と現実の向こうを行き来している。そして夢見る監督・・・。私はかんたの物語を書きながら、実はどこか、監督のことを考えたりすることもあるんです。

【リミイ】監督が見ている世界をかんたに重ね、物語を書くということ。そこに偶然性と必然性の可能性が潜在しているとおっしゃられたノエルさんのお話は示唆的ですよね。

【しん】私の話が一人歩きしているので困ったなあ・・(笑)。今のお話と関連があるのかどうか分かりませんが、動物もヒトも、生きづらいですよね。私は時々「いのち」ってなんだろうって、思います。

【リミイ】監督はどんな少年時代を過ごされたのですか?

【しん】私は、一人っ子だったからかどうかは分かりませんでしたが、両親を亡くしたことが、今でも大きなポイントになっています。例えば「少年期は父と母がいた。しかし今はいない」これは、当たり前のことで、だれでも理解できることなのですが、恥ずかしながら今の年齢になっても、分からないんですよ。

【リミイ】「当たり前としての理解」は、量的な理解であって、監督は量的な理解で解決したくないと考えておられる。その問いは何かというと先ほど監督がおっしゃった「いのち」なのではないでしょうか。

【しん】まあ、世間的には「めんどくさい」人間ですよね(笑)。こんな命題については、絶対に日常でしゃべらないようにしているんですが、つい、心を許した人に話したりしてしまう。そして、結果的に、なんか気まずくなるんですよね(笑)そして、自己嫌悪に陥ることになります。大切な人に対してこそ、語ってはいけないのです。・・・だいたい、この場でも私がしゃべりすぎですよね。もう私の話はこれで終了です(笑)

【リミイ】お話づらいことまでお話していただき、ありがとうございました。監督は、ウィトゲンシュタインの言葉「語りえぬものについては沈黙しなければならない」を生きようとされているのですね。だとしたら、監督のつぶやきから人間味が垣間見れたことをメンバーとして誇らしく、対談の場として嬉しく思います。さて、対話の種を監督から頂いた後は、私たちの対話で繋いでいきたいと思います。

【リオ】僕のイラストは「可愛らしい」とか「優しい」と言って貰うことが多く、感謝しているのですが、僕自身は、描く時に感情を全くいれてないんです。僕なりに、監督の思いにどこかで答えようとしているところがあるんですよね。するとなぜか力が抜けていく・・・。

【ノエル】私も、お話を書いている時に、アイデアを練って楽しめるようにお話を書くというよりは、力を抜いて、見えるままのことを書くというか・・・。

【リミイ】お二人の共通点ですね。それは、作り出すというよりは、監督に耳を澄まし、その声を写し取るという意味に解釈してよろしいでしょうか?

【リオ】そうそう。だって、「優しく描こう」とか、「可愛らしく」なんて思って描くなんて、小っ恥ずかしくてできないからね。だから、心に見えるまま、写し取るような感じというか・・・。

​【ノエル】確かにそうですね。リオにとても共感できるところですね。だから、二人で意見を言うことはあまりないですし、お互いに感想を言い合うこともほとんどありません。

【リミイ】監督は、ご自身のヴィジョンについて、納得がいくまで指示されることはあるのでしょうか?

【リオ】それは全くないですよ。ほら、もう、どこかに散歩に行かれた。いつもそんな感じなんです。僕たちにとって、もう少し指示してくれた方がうれしいぐらいです。現場にいないことがほとんどですからね。

【ノエル】・・・だから、私たちは、監督のことを考えるのでしょうか?

【リミイ】作曲家のジョン・ケージは、偶然性、非存在としての在り方をテーマに作曲をしました。例えば、指揮者がいないオーケストラ、いや、指揮者はいるが、奏でる音が音の外側に在るというような。監督は、いるけれどもいない、それはどんな存在なんでしょうか?

【ノエル】そうなの。音楽の演奏に例えてみると、音楽の外から音が聴こえてくるというような・・・。

【リオ】そうそう!監督は、よく「耳をすまして!」って言うよな。でも、おいら、なんことだか・・。

★☆★☆続く つづく ★☆★★

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